病院で先生に怒られた、という話を聞く。
あれこれダメ出しをされ、そんなことしてるから病気が治らないんだと怒られる。
こわもてだけど愛にあふれる感じだったら素敵だけど、
俺様に従えという感じで、こちらが委縮してしまう先生もいる。
でも病気ってその人の生き方が否定されるほど悪いものなのか?
本来ひとは自由で、それは病気になる自由もあるくらい自由なはず。。
そんなことを病院にお見舞いに行って思いました。
病院で先生に怒られた、という話を聞く。
あれこれダメ出しをされ、そんなことしてるから病気が治らないんだと怒られる。
こわもてだけど愛にあふれる感じだったら素敵だけど、
俺様に従えという感じで、こちらが委縮してしまう先生もいる。
でも病気ってその人の生き方が否定されるほど悪いものなのか?
本来ひとは自由で、それは病気になる自由もあるくらい自由なはず。。
そんなことを病院にお見舞いに行って思いました。
子供をみていていると、生まれてすぐ動けるわけじゃないと改めて思います。
なにをそんな、当たり前の事を…といわれそうですが、
それは首がすわる、腰がすわるといった筋力の問題だけではなくて、
自分の体を自分のものだと認識することから始まるということです。
少しずつ目が見えはじめたころ、顔の前の自分の手を「これはなんだろう??」
という感じで不思議そうに眺めていました。
そのうちに握ったこぶし全体をよくしゃぶるようになり、
次に指一本ずつなめ始めました。
最初は右手と左手を目の前でくっつけることができませんでしたが、
いつしか五郎丸みたいな手の組み方もできるようになりました。
なめることで少しずつ自分の体がわかっていくんですね。
そんな積み重ねの延長上に立ち上がること、歩くことがある。
そこまでの道のりを考えると果てしなく遠い感じですが、
それを1年くらいでやってしまうのだから、
やっぱり子供の成長ってすごいなと思ってます。
初めていらした患者さん。エンジニアをしているとのこと。
足のツボに鍼をして、全身に気を巡らせていたら、
「なんか手の先までピリピリと電気流れてますよ。1.8Vくらいですね。」
「発電できるなんてすごいですね!!」
と絶賛していただきました。
気功って見方を変えると発電なんですね。
僕としては1.8Vと分かる方がすごいと思いました(笑)
Nさんありがとうございました!
4月1日の朝、治療の前に突然携帯が再起動しました。
いままで安定していたので、なんだか不思議。
4月に入って人生も治療も再起動というメッセージでしょうか。
年末に生まれた子供の事。
そして治療の事。
幸せの鍼を打てるようになろうと思います(笑)
鍼治療を学び始めてから丸14年。
直径0.12mmという細い鍼で、人の体に影響を及ぼすにはどうすればいいかずっと考えてきたけれど、
その中の大きな課題が、鍼をどこに、どのくらいの深さで、どんな角度で打つか、ということ。
(人の体って鍼先に比べればすごく大きいから、やみくもにさしてもツボにあたらないのです)
そのために勉強会に参加したり、太極拳やったり、瞑想したり、いろんなことをやってきたけれど、
最近ようやくたどり着いた答えはもともと知っているもので、気が付いた時はしばし脱力。。
そんなタイミングで見たイチロー選手の対談のことば。
「失敗をしないで、まったくミスなしでそこにたどり着いたとして、深みは出ない。
単純に野球選手としての作品が、いいものになる可能性は無いと思う。
やっぱり遠回りすることってすごく大事ですよ。
無駄なことって結局無駄じゃないっていう考え方がすごく大好きで、
でも今やってることが無駄だって思ってやってるわけじゃないですよ。
無駄に飛びついてるわけじゃないんですけど、後から思うとすごい無駄だったっていうことは、
すごく大事なことだと思う。だから合理的な考え方ってすごく嫌いですよ。
遠回りすることが一番近道だと信じてやってますけどね」
本当~にぐるっと遠回りしたけれど、そこに深みがあると信じたいです。
(そういえば、そもそもの人生も遠回りだった…)
2月後わりごろ、くしゃみ、鼻水、目のかゆみがひどく出て大変でした。
まだ花粉症ビギナーなので、そうなって初めて花粉症だったことを思い出します。
なので事前に腸内環境を整えるなどの対処法を試したことがありませんし、
花粉症について大きなことは言えません。
でも自分の原因はわかっています。
慣れない確定申告の事務処理で体がガチガチになっていたこと、
その間ストレスで甘いものを食べ過ぎていたこと。
ビールとポテトチップスでひどくなるのに止めなかったことです(笑)
花粉症は花粉に対するアレルギー反応で目や鼻の粘膜が炎症を起こしている状態ですよね。
なので頭にたまった炎症の熱を取り去ってあげると楽になるし、
体のめぐりを良くして熱が上にたまりにくくすると症状が出にくくなります。
(疲れて元気がないと熱は頭にあがりやすくなります)
わかってはいるものの、今年は自分で治療する気力が残っていなかったので、
久しぶりに鍼治療を受けに行きました。
そして全身の滞りをとってもらったらずいぶんとスッキリ。
(人に体を触ってもらうと意外なところの滞りに気づいて良いですね!)
たまにムズムズすることはあっても、晴れた日にマスク無しでも平気になりました。
自分の中ではもう花粉の季節は終わりました。
ふだんあまり体調を崩さないのですが、
春になると調子を整えておく大切さを思います。
確定申告が無くなればいいのに!!
先月のことになりますが、スピリチュアルカウンセラーの小川純一さんの所でチャクラの勉強をしてきました。
チャクラは人の体の正中線上に7つあり、体の内と外とのエネルギーの出入り口になっています。チャクラが開きすぎたり閉じすぎたりすると、体調だけでなく考え方や行動にも影響するそうです。
最初に各自のチャクラの状態をチェックしたのですが、自分の思い癖はこのチャクラが関係していたのか!と気づきました。自分の性格で気になってた所が単に体のせいだったりすると、気持ちがちょっと楽になりますね(笑)
その勉強会の最後に瞑想を行った時の事。下から順にチャクラに意識を集めていったのですが、お臍の下の丹田にある第2チャクラのところで、講師の小川さんから「もうちょっと上、もうちょっと、はい、そこです」と声をかけられました。確かにその場所だとしっくりきたのですが、意識のある場所がなんで見てわかるの~!?とびっくりでした。
世の中にはいろんなすごい人がいるもんです。ぼくも頑張ります。(頑張ってなれるのか???)
※写真はお昼に出していただいたショウガたっぷりのカレー。すっごい美味しくておかわりしちゃいました。
首の痛みの治療をしていた時の事です。
「首のつけねが詰まって気が流れていませんね~」と話しながら鍼をしていました。
そのとき僕は目をつぶっていたのですが、急に目の前が白く明るくなりチカチカしはじめました。
色が見えるのはよくあることですが、今まで何もなかったのに急に見え始めたので不思議に思いました。
その事を患者さんに話したら、
「先生に全部おまかせするのも悪いと思って…」
と首に意識を集中して、気が集まるイメージしてくれたそうです。
人が集めた気をビジュアルで感じたのは初めてで、おお~っと思いました。
昔から鍼の世界では「意至れば気至る。気至れば血至る」といいます。
意識をしたところには気が集まる、そして気が集まれば血も集まるという意味です。
治療では鍼先だったり、離れた場所にある患部だったり、意識する場所を変えて気を集めます。
そして筋肉の弾力や皮膚の状態を手で触って変化を確認します。
でも今回は患者さんが気を集めるのをダイレクトに感じられてとても新鮮でした。
面白い体験をさせていただき、ありがとうございました!
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
休み明けそうそうですが、1/10(日)はお休みさせていただきます。
今回は鎌倉山でスピリチュアル・カウンセリングをしている小川純一さんのところで、
「チャクラ」について勉強してきます。
「チャクラ」って何でしょうね?
ツボとか経絡とかと同じく、見えないけど役に立つものなんじゃないかな(笑)
治療にもうまく使えたらいいな~と思ってます。
よろしくお願いいたします。
先日患者さんから、「全部終了しました!」とうれしい報告をいただきました。
その方の来院のきっかけは、怪我で痛めた古傷の痛み。でも鍼をすると自分でも忘れていたような昔のことがフラッシュバックして、その状況にいたときと同じ感覚になってしまい話は思わぬ方向に。。
治療のたびに少しずつ過去の出来事が思い出されてつながっていきましたが、おおもとは幼少時の出来事にあるようでした。そして今の症状やしんどい状況が、その出来事を克服するために自分が選んでいたと気づき、過去の出来事から解放されました。
それに気づくまでは昔のことを四六時中ぐるぐる考えていたのが、治療中に降った雨音に気付けるようになって感慨深そうでした。その過程はくわしく書けませんがとてもミラクルで、話を伺いながら感動していました。
治療では特別なことはしていませんし、トラウマに効くツボなんて学校でも習いません(笑)。脈をみてお腹をみて、手足と患部に鍼をしていくだけです。でも心と体はつながっているので、体が軽くなると心のめぐりも良くなって、溜め込んでいたものが出てきてもおかしくないとは思います。
実際に鍼治療のあとで泣いたり笑ったり怒ったり、感情が出てくる方は多いですが、そのたびに人って不思議でおもしろいな~と思ってます(ティッシュの箱を差し出すのも慣れてきました(笑))。
この仕事についてよかったことは、人が元気を取り戻していく過程をまじかで見られることです。症状が楽になるだけでなく人生の新しい一歩に踏み出す方もいて、その様子はテレビのドラマなんかよりもドラマチックです。
来年もまた、鍼と灸を通してそんな場面に出会えたらいいなと思います。