靴下の影響

10年以上はき続けていた5本指靴下を、昨年の冬に普通の靴下にしました。

足の指が自由になる快適さよりも、厚手の靴下の暖かさに負けました。

以来なんとなく普通の靴下を履いていましたが、

特に違和感も感じなかったのでそのままでした。

 

でも夏になって裸足で過ごす機会が増えて、

ふと足の指が開きにくくなっていることに気が付きました。

いままで自由にのびのび動かせていた足指が、なんだかギクシャクしています。

そして裸足でも足全体がひとかたまりに圧迫されている感じが抜けませんでした。

 

変えた直後に変化がでればまずいと気づけるけれど、

時間をかけて少しずつの変化するので気づきにくいし、

感覚は曖昧なので、もともとこうだったかもと思ってしまいます。

 

何気なく使っているモノが体の感覚に与える影響。

和服から洋装になったときにも体の感覚は大きく変わったのでしょうか。

スマホとかどんな風に影響してるんですかね?

 

「あ、体はこんな風に影響をうけるんだ」

とすごく納得した出来事でした。

 

 

小坪生活

昨日の休みは2歳半の娘と、今シーズン最後のプールに行ってきました。

 

初めてのときは水深30センチのプール以外入らなかったのに、

いつの間にか深いプールも平気になっていて、こどもの成長を感じました。

 

また小坪のプールはヤシの木と海が見えてまるでリゾートのよう。

お盆休みも毎日のように通ったので、すっかり夏を満喫した感じです。

(入場料は200円!)

 

小坪に引っ越して初めての夏でしたが、

家から自転車で5分で海もプールも公園もあるので沢山遊べました。

小坪生活は思ったよりも快適です!

 

イライラについての考察

人と一緒に生活していると、ちょっとした事でイライラすることがある。

例えば食事中に相手が、食卓に置いてあったチラシを読むとか、

メールが来たからちょっとスマホを見るとか。

 

一緒に食事している相手がいるのに無視されてるみたいで嫌だなとか、

食べるときには食べものに集中しないと作ってくれた人に失礼だとか思ってしまう。

それが毎日繰り返されると、そのうち食卓の上にあるチラシを見るだけでイライラする。

 

そんな時は自分は絶対に正しくて、相手が悪いと思っている。

しかもその行為だけでなく、そもそも人として問題だという風に、

相手に対する批判がどんどん大きくなったりもする。

 

そんな時はちょっとやめてくれないかな?と言えば解決するのか?

相手が納得すれば一時的には気をつけてくれるかもしれない。

でもふとした時にメールを見た相手をみつけると、

嫌だと言ったのにまたやってる!!と怒りが前よりも湧き上がる。

それを毎回注意していると相手も怒り出すから、たまには見て見ないふりをする。

でも自分の中にイライラは確実にたまっていく。

 

そんな葛藤をいくつも繰り返すなかで、

自分の中のこだわりを手放すしかないと思うようになりました。

これは正しい考えなのに、自分は間違ってないのに!!

と最初のうちはものすごい抵抗を感じましたが、その抵抗を手放せたのが大きかった気がします。

自分のこだわりを手放すと、目の前の生活は変わらないのにイライラが減っていきました。

 

そんな感じで自分の頭の中を見つめてみると、

こだわりとか凝り固まった考えとか沢山ありました。

でもこだわっている事は自分にとってはあたりまえすぎるので、

そんな考えを持っていることすら気づかない。

イライラはそれに気づく良いきっかけなのかもしれません。。

 

なんて分かったように書いてみたものの、結局そんなに簡単じゃないですね。

やっぱり今でもイライラする事は多いし、ビール飲まないとやってられない気分にもなります(笑)

それでもちょっとずつでも楽に生活できるようになりたいです。

 

ばらの花

ムジカピッコリーナという子供向け音楽番組がある。
音楽の魅力を色々な角度からわかりやすく説明していて面白い。

たまたま娘とみていたら、
昔から大好きなくるりの「ばらの花」を取り上げていた。

この歌のサビは「あんしんな僕らは旅に出ようぜ」

旅立ちのワクワクした気持ちなのか、
慣れ親しんだ場所を離れる不安なのか。

これはその間の灰色の気持ちを歌った曲だと説明していて、
長い間なんで惹かれていたか気づかされた。

自分に向いているのかわからない世界にエイッと飛び込んでから、
常に不安とワクワクを一緒に抱えてきたんだな。。

娘を膝に抱いて見ながら、ちょっと涙がでました。

 

夏のたのしみ

毎日暑くて大変ですが、夏ならではの楽しみってありますね。

 

僕の場合は坂の下にある市民プール。

由比ヶ浜から海沿いに稲村ケ崎に向かっていく途中にあります。

みんな海に行くので、プールはそれほど混んでない気がします。

特に午前中は結構すいてるので、のんびり泳ぐには良いです。

 

あとは小町通りから少し入ったところにある鯛焼きの浪花屋。

夏になるとかき氷を始めるのですが、おいしくて去年は何度も通いました。

バルサミコ酢をかけたりと変わったのがありましたが、今年はどうでしょう?

普段冷えるとよくないと言ってるけど、このかき氷はオススメです(笑)

 

動中の静

先月は本当に色々なことがあって慌ただしく、バタバタと過ぎていきました。

ようやく終わったと思ったら、4月からは娘の保育園が始まり、

生活のリズムが落ち着くまではまだ時間がかかりそうな状況です。

 

日常生活がバタバタしていると、知らずにストレスがたまりますね。

治療モードになるのに時間もかかるし、集中力も普段より必要です。

毎朝の瞑想の時間をきちんと取れればよいのですが、

娘が朝から泣いてぐずっているとできません。。

 

子供のころ山道を走ってくだるのが好きでした。

木の根っこや石のでっぱり、滑りそうな斜面を瞬時に見分け、

体に任せて反射的に足を出していきます。

そうすると体は激しく動いているのに、頭は意外と静かだったような気がします。

 

そんな風に日常の凸凹を、軽やかに過ごせたらいいなと思っています。

 

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帰ってきました

うまいこと台風をさけて鹿児島に行ってきました。

滞在中ずっと爽やかな天気で、夜は涼しくて肌寒く感じるほどでした。

1日2回の温泉にくわえて、夜もぐっすり寝られて快調な旅でした。

(鎌倉に帰ってきて湿度の高さにびっくり…)

 

今回の鹿児島でもあたらしい出会いがありました。

料理作る人、写真撮る人、器作る人…

知り合いが増えるとその土地にもっと親しみが湧きますね。

昔より出会いの運があがってるような気がします。

 

(写真は大好きな桜島)

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安曇野

友達を訪ねていった安曇野。

美味しい空気と温泉でリフレッシュ、なんて思っていたのですが、

シュタイナー教育の幼稚園をやっている先生や、

マインドフルネスで知られるティック・ナット・ハンの書籍の翻訳家の方とお会いできて、

最近の自分の中のもやもやに対してヒントがもらえる旅でした。

 

(写真は途中の諏訪湖)

 

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病気になる自由

病院で先生に怒られた、という話を聞く。

あれこれダメ出しをされ、そんなことしてるから病気が治らないんだと怒られる。

こわもてだけど愛にあふれる感じだったら素敵だけど、

俺様に従えという感じで、こちらが委縮してしまう先生もいる。

でも病気ってその人の生き方が否定されるほど悪いものなのか?

本来ひとは自由で、それは病気になる自由もあるくらい自由なはず。。

そんなことを病院にお見舞いに行って思いました。

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子供のこと

子供をみていていると、生まれてすぐ動けるわけじゃないと改めて思います。

なにをそんな、当たり前の事を…といわれそうですが、

それは首がすわる、腰がすわるといった筋力の問題だけではなくて、

自分の体を自分のものだと認識することから始まるということです。

 

少しずつ目が見えはじめたころ、顔の前の自分の手を「これはなんだろう??」

という感じで不思議そうに眺めていました。

そのうちに握ったこぶし全体をよくしゃぶるようになり、

次に指一本ずつなめ始めました。

最初は右手と左手を目の前でくっつけることができませんでしたが、

いつしか五郎丸みたいな手の組み方もできるようになりました。

なめることで少しずつ自分の体がわかっていくんですね。

 

そんな積み重ねの延長上に立ち上がること、歩くことがある。

そこまでの道のりを考えると果てしなく遠い感じですが、

それを1年くらいでやってしまうのだから、

やっぱり子供の成長ってすごいなと思ってます。